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【小説】瀬戸のお茶会(2) 『婦人』

  『婦人』 


 神木瀬戸に仕えているのは、才色兼備の選りすぐりの女官達。水穂よりも長く瀬戸に仕えている者も大勢いる。彼女たちを飛び越して抜擢されるほどに優秀な水穂だが、若さ故に知らないことも多い。自分が仕える前からの因縁話が始まると、うろたえてしまうこともある。

 それはある日のこと。
 『水鏡』指揮所の端っこで、煙が湧くように一人の婦人が現れた。
 警報が鳴らなかったということは、水鏡が招き入れたということなのだろう。
 身なりや所作から、身分の高い人に違いない。失礼がないように、応対せねばと思う。しかし、ここは神木瀬戸の指揮所。この世を揺るがす暴力と謀略の中枢。たとえ樹の許しがあっても、よそ者が入り込んではいけない場所だ。
 婦人に気付き、水穂をはじめ、その場に居合わせた女官達は身構えた。しかし、幾人かの女官は警戒心を持たず、侵入者を見て気まずそうな表情をするのみだった。
 水穂は古参女官のいかにも困ったような表情見て、招かれざる客であっても害をもたらす不埒者ではないと察した。それでも婦人を指揮所から退出させねばと思い、歩み寄る。声を掛けようとした時、一人の女官が水穂の脇をすり抜けた。水穂と婦人の間に割って入ったのは、立木林檎という若い女官だった。
 「お久しぶりです、大姉さま」と林檎は言い、婦人に向かって深々と頭を下げた。
 婦人は林檎を一瞥するとすぐに指揮所の奥を見つめた。「あの子、いるんでしょ?」と言い、周囲に集まる女官達を無視して、自分の視線の先へ向かって歩み始めた。
 「お待ちを」と水穂が婦人に手を伸ばそうとすると、林檎がその袖をつかんだ。「この方は竜木本家の方です」と林檎は言った。
 竜木家とは、とても高貴な家柄だ。しかし、水穂にとっては瀬戸が大事。どこの本家の血縁者であっても、前触れも無しに侵入した者を、瀬戸に近づけるわけにはいかない。
 しかし、袖にしがみつく林檎は、懇願するような瞳で水穂を見つめている。そばにいる古参女官も、手の仕草で水穂を押し留めた。

 指揮所の奥に座所があり、瀬戸が寝そべっている。端で起きている揉め事に気付いて、瀬戸は顔を上げた。婦人を見た。瀬戸は目を細めて笑い、身を起こした。
 婦人も、真っ直ぐに瀬戸の座所へ向かう。
 婦人は瀬戸と顔見知りのようだが、用心のためにと、腕に覚えのある女武官達が婦人の後を追う。しかし瀬戸は、手で空を払って武官を退けた。婦人が客として迎えられたので、侵入者騒動はこれにてお開きとなった。
 女官達は自分の仕事に戻り始める。

 水穂は、ひと安心すると、先ほど婦人が口にした言葉を思い出した。「あの子って、瀬戸様のこと?」と林檎に尋ねた。林檎は首を少し傾げた。林檎ではなく、古参女官が「そうよ」と答えた。
 水穂は、皇族の名と顔を全て憶えているつもりだった。なのに、あの婦人には見覚えがない。竜木家の系譜図を頭の中で開いて、うんうんと唸る。
 林檎は見かねて「あの方は、竜木家先代御当主のご御息女です」と言った。「三千年ほど前に隠居され、社交の場にもほとんど出ず、辺境の離宮で過ごされておられます。私はあの方に一度だけお会いしたことがありますが、それは本当に偶然のことで……」
 「隠居を?」と水穂は驚いた。「まだお若いのに」
 「以前、あの方はここにおられたのよ」と古参女官は言った。
 水穂は婦人の方を見た。

 笑みを絶やさぬ瀬戸を、婦人は背筋を伸ばして見据えている。世界で一番の権力者に対して、とても偉そうな態度だ。まるで、だらしのない妹を叱る、生真面目な姉のようではないか。

 水穂は楽しくなってきた。「お客様にお茶をお出ししなければ」と両手をもみ合わせ始める。
「立ち聞きをなさるのですね。私はお菓子をお持ちしますわ」と林檎も着いていく。
 別の女官が「水穂様、林檎様、お客様にお茶をお出しするのは、私の役目ですよ」と追いすがる。
 「あなた達はすっこんでいなさい」と古参女官は言った。「あの方は、たいへん扱いづらい方なのよ」

 お茶とお菓子を抱えた女官の一群が近づいて来るのを見て、瀬戸は笑いながらこめかみに血管を浮き上がらせる。
 「変わらないわね、この船は」と婦人は初めて笑顔を見せた。

 「でも違うわ」と婦人は言った。「あの頃と似てるけど、まったく別。こんな、でくの坊達に囲まれていたら、貴方は不幸になってしまうわ」
 瀬戸は、炭火で焼かれたホタテ貝のように口を大きく開け、笑い声を響かせた。口元に添えられた手は役に立たず、女官達は瀬戸の喉奥まで覗くことが出来た。
 「さあ、みんな、お茶にしましょう」と瀬戸は女官達に声をかけた。「でくの坊達に、お姉様がお話をしてくださるわ」

 古参女官は、自分だけが歩いていることに気付いた。
 水穂達は、立ち止まっていた。この、やんごとなき御婦人の予想以上の尊大さに驚き、呆然としているのだ。
 古参女官は振り返った。目深に被ったフードの下から冷たい視線を水穂達に送り、「だから言ったでしょ」と言った。

-- (続く) --
by inaba_rabbit | 2009-08-06 07:37 | 天地無用 二次創作


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